平成21年(ワ)第47553号 東京大学事件 2012年5月31日 平成23年(ワ)第10874号 小宮山宏事件 東京地裁第26部 御中 原告最終準備書面   原告 槌田 敦 1.東京大学による名誉毀損事件  東京大学は、2009年10月、『地球温暖化懐疑論批判』という本(甲7、乙1)を発行した。この本は、発行日などを記す奥付がなく、また無料で配布する特殊な本である。表紙上端に小さく「IR3S/TIGS叢書 No.1 文部科学省科学技術振興調整費 戦略的研究拠点育成事業」とあり、裏表紙下端に大きく「東京大学」と記されている。  東京大学は、この本の「はじめに」(甲7、 ペイジ)において、「懐疑的あるいは否定的な言説(懐疑論)」をおこなう者として、原告を筆頭に12名の日本人学者を名指しし、これらの者の学説に対して「三段論法の間違いなどロジックとして誤謬」など9項目の特徴( ペイジ)を貼り付けて、原告らの学者としての名誉を毀損した。  74ペイジにわたる本文においては、原告だけでなく、他の名指した学者にも「本人の確認なしに」(甲17、武田陳述書p4)その学説を36項目の「議論」としてまとめ、これらを間違いと断じた。最初の2項目と最後の1項目には執筆者氏名があるが、残り33項目には執筆者氏名がなく、普通の意味での論文集ではない。この本の中の無署名の学説否定は東京大学の責任ということになる(槌田敦本人調書p9)。  東京大学は、準国家機関であって、表現の自由はない。また国立大学法人法22条、29条により業務の範囲が定められており、その中には学説を否定する業務は存在しない。それにもかかわらず、東京大学は、原告らの学説を否定する本を出版したのである。これは違法行為であって、原告らに対する名誉毀損である。  また、東京大学はこの本において、原告の学説について、議論14「二酸化炭素の温室効果による地球温暖化はなく、気温上昇が二酸化炭素上昇の原因である」は間違いであるとした(甲7、p32)。原告は「二酸化炭素に温室効果がない」とは言っていないから、これは原告の学説の不正確な要約であり、なおさらである。  さらに、原告の論文が学会誌に掲載されないことを例にあげて、「ただ単に論文の要件を満たしていないためであり、学会ファシズムといったような批判は被害妄想と自信過剰の賜物以外の何物でもない」と断じた(甲7、p8右)。これには担当執筆者明日香壽川と書かれているが、かような表現は学術論文に使われる文章としては不適切であり、これを東京大学発行の本に載せたことは、東京大学による名誉毀損である。  そのうえ、この本の「最後に」(甲7、p73)において、「ドロドロとした政治や利益集団」、「相も変わらず足を引っ張っている」、「自己利益だけのために都合よく使われ」、「ボディブロウのように効いている」、「疲れるなと思いつつも」など、悪口雑言で締めくくっている。これは東京大学の品性が疑われる表現であり、この本が学術書でないことを示すだけでなく、懐疑論者に対する東京大学による名誉毀損である。  原告は、理化学研究所において熱物理学(開放系エントロピー論)を研究し(甲14-1〜 -3)、退職後名城大学経済学部において環境経済学(エントロピー経済学)を研究・講義し(甲14-6)、また気象学もその研究分野(甲1〜4、甲14-4、甲16、甲22)とする研究者であり、それぞれ基本的な学説を発表している(甲23、原告陳述書(4))。  この原告に対して、日本の大学の最高峰を自認する東京大学が、『地球温暖化懐疑論批判』という本を発行して、原告の学説に多数の間違いがあると指摘し、さらに原告の学説に対して学者不適を意味する「三段論法の誤謬」など5項目の「特徴」を貼ったことは学者に対する深刻な名誉棄損である。 2.名誉毀損事件の発端は小宮山談話  小宮山被告は、2009年3月まで東京大学の学長であり、大学間の共同利用のための東京大学IR3Sの機構長であった。小宮山被告の政治的立場はCO2排出削減による地球温暖化防止であって、麻生内閣にCO2削減を提案(乙10)した。そして、新成長戦略実現会議の委員(乙10)として温暖化対策を推進した。  小宮山被告は東京大学退任の直前にインタビュウ取材を受け、これを退任後に「温暖化懐疑論に終止符を」という談話(甲7-7)として公表した(乙16)。  この取材で「温暖化はウソだといった懐疑論も鳴り止みませんね」という記者の問いかけに対して、小宮山被告は「日本では懐疑論の本が非常に売れていて不思議」として二酸化炭素による温暖化論の反対が根強いことを問題視し、懐疑論者の言う「温暖化の原因は水蒸気」とか、「太陽の活動が活発に」などに反対した。  これに対して、記者は「議論は収束するのでしょうか」とさらに問いかけた。小宮山被告は、これに対して「言おうと思えばなんでも言えるのです。まるでゲリラ戦です」と答え、ゲリラ戦だから議論はこのままでは収束しないという認識を示した。  そのうえで、小宮山被告は「でも、こういった議論はもう打ち止めにしたい」と述べ、その方法として、「私が代表を務めるIR3Sという大学研究機関をネットワークした組織で、懐疑論に反論する本を5月(予定)に出版します」と述べたのである。  原告は、小宮山被告に対し、この談話について「議論は打ち止めにしたいということか」と求釈明書(11年6月)により質問した。これに対して、小宮山被告は「議論により決着を図るという意味です」と答えた(乙10)。しかし、「言おうと思えばなんでも言える」ゲリラ戦では、議論による決着は不可能だから、これでは記者の「収束するのか」という質問に答えたことにならない。  そこで、議論を「打ち止めにする」ための秘策として、小宮山被告は「東京大学IR3Sによる本」を出版すると述べたのである(甲7-7)。つまり、この談話は東京大学の権威を使うという宣言である。記者はこれを聞いて小宮山被告の論旨を納得し、この談話記事となったと思われる。  この「議論により決着を図る」という文には主語がない。そのため、「(東京大学が懐疑論者と議論をすること)により決着を図る」という意味か、または「(東京大学が権威を使って議論すること)により決着を図る」という意味か、つまり東京大学が議論「する」という動詞が他動詞なのか自動詞なのかで2通りの解釈が可能になる(明日香調書p20)。  小宮山被告の本人尋問は省略されたが、もしもなされていれば、この前者の解釈では懐疑論者のゲリラ戦により決着することはないから、後者の解釈として東京大学の権威を使って押さえ込むという秘策であることの自白となると思われる。  この本が懐疑論者との議論のための本ではないことは、次の事実から明らかである。原告は、『地球温暖化懐疑論批判』の出版後に、濱田総長気付けで議論14と議論18の名無しの権兵衛氏に質問した(甲11-1、-2、-3)。しかし、執筆者らからは一切返事がなかった。  ところで、この名無しの権兵衛氏は、公表された別論文から河宮未知生氏と江守正多氏と推定できたので、両氏にも直接質問書を届けた(甲11-4)。しかし、両氏からは「違うとも、違わないとも」何の連絡もなかった。おそらく執筆者に対して、「ゲリラ戦」にならないよう言いっ放しにするという約束で、東京大学がこの本を出版することにしたのであろう。そのためには執筆者が無署名になっていることは都合がよい。  このようにして、小宮山被告は、東京大学学長であった間に東京大学による『温暖化懐疑論批判』の本の発行を決めて、「東北大の明日香教授と(本学の)住教授が中心となってきちんと反論」(甲7-7)するように指示したのであった。この東京大学という権威の活用が、本件名誉毀損事件の発端である。  小宮山被告がなぜこのような指示をしたのかと言えば、小宮山談話でも述べているように、@「日本では懐疑論の本が非常に売れていて、テレビでも話題に上がって」(甲7-7)いることへのいらだちの現れである。これに加えて、A寒くなりそうなのにCO2で温暖化するという説、そしてB思うように進まない温暖化説という現実もある(槌田調書p10、11)。思うように進まないことにはふたつあって、ひとつはIPCC内部で発生している不正の発覚(甲5-1〜6)であり、もうひとつは温暖化対策の切り札だった経済政策の失敗である(甲24)。  このような背景があって、小宮山被告は、このままでは地球温暖化説は社会から受け入れられなくなると予想して、これに先手を打つために東京大学発行の本の出版を決意したと思われる(槌田調書p21)。 3.本件名誉毀損事件における明日香被告の役割  一方、明日香被告は、懐疑論に反対するために、私的印刷物であるコメントシリーズを発行していた。最初のコメントVer.1.1(甲7-2)は2005年発行のもので、環境経済・政策学会における原告の講演に反対するために作成した。2006年に発行したVer.2.0(甲7-3)は執筆者の数を増やし、原告との公開討論会のために作成した。ここまでは原告との議論を目的とする印刷物であり、それぞれ原告に手渡している。  2008年に発行したコメントVer.2.4(甲7-4)では、執筆者は8名、分量は58ペイジと増やした。これには「自信過剰」など科学論争には関係のない悪口が書かれている。これは1998年に環境経済・政策学会に提出した論文(甲2)の原稿が一旦は不採用になったことを指すと思われる。このコメントVer.2.4は原告らと議論するためではなく、原告らを貶しめるための印刷物であって、原告には届けられていない。  このコメント Ver.2.4が、小宮山談話にある東京大学IR3Sの5月に発行する本の原型となったと思われる。住被告に尋問がなされれば明らかになったであろうが、このVer.2.4が東京大学教授である住明正被告の注目するところとなり、小宮山被告に東京大学発行の本とすることを決意させたと思われる。  しかし、小宮山談話の存在は、Ver.3.0(甲7-5)を発行した5月の段階になっても明日香被告に知らされてはいなかった(明日香本人調書p19)。そして、このVer.3.0は小宮山談話にある東京大学の本ではなく、形式としては明日香私的印刷物のままであった。  このVer.3.0では、その「はじめに」において、Ver.2.4には存在しない「三段論法の間違い」など9項目の特徴を原告らに貼り付けた(甲7-5、p8)。  このVer.3.0は原告に届けられておらず、原告はその存在を知らなかった。しかし、仮に届けられたとしても、これは私的印刷物の範囲を出ず、また明日香被告らが個人的に貼った特徴(レッテル)では社会的に影響力がなく、これで名誉毀損を争っても単に言論の応酬ということになるだけである。したがって、この存在を知ったとしても原告は問題にはしなかったであろう。  ところが、2009年10月、東京大学はこのVer.3.0の内容をほぼそのまま本件『地球温暖化懐疑論批判』という本(甲7)として発行した。明日香被告は、この段階で私的印刷物の編集・発行の責任者から、東京大学の発行する本の編集責任者となった。  原告は、この『地球温暖化懐疑論批判』という本において、それぞれの議論の執筆責任者氏名を明らかにするよう編集責任者の明日香被告に求めた(甲10-1)。そして、返事がないので、議論14について執筆者と議論するための質問書を執筆者である「名無しの権兵衛さん」に届けるよう求めた(甲10-2)。これに対し、明日香被告は「基本的には全員で書いている」ことを理由に執筆責任者の名前を明らかにすることを拒み(甲10-3)、結果としてこの本の内容のすべてを東京大学の責任としたのである。  ところで、清水被告側代理人の尋問に対して、明日香被告は「(この本は)みんなで書きましたので共著ということになっています」と陳述した(明日香調書p10)。しかし、篠田裁判官の尋問に対し「だれかが中心に原稿を書いて、それに対してまたみんなで議論したということです。なので厳密にみんなが集まってということはほとんどやっていませんし、基本的にはメールベースでやっています」(明日香調書p54)と証言を翻した。  つまり、それぞれの「議論」には、中心人物(執筆代表者)がいて、その原稿に「みんな」が意見を述べて原稿を修正するという通常の著述作成と同様の方法をとっていたことを自白した。「議論」の執筆責任者名を隠したのは、原告らの追及に耐えられないので、これを回避するため東京大学の蔭に隠れるための方便であった。  さて、明日香被告の重要な証言は、「発行所はどこでもよかった」(明日香調書p17、乙11)である。もしも問題の本が民間出版社の発行であるなら、原告も対等に民間出版社を利用して反論することが可能であるから、名誉毀損問題も回復できて事件にならないようにすることができる。  しかし、東京大学発行では、東京大学の権威に加えて、発行の資金、配布ルートに決定的な格差が存在し、東京大学の影響力も甚大で、この名誉毀損は原告にとって回復不可能となる。明日香被告は東京大学発行の本によりこのような状態になることについて注意義務を果たさなかった。  なお、この『地球温暖化懐疑論批判』(甲7)という本は、東京大学IR3S発行の本ということになっている。明日香被告の所属する東北大学は、協力機関ではあるが、構成機関ではない。そして、この本の基本的部分は、Ver.2.4を発行した2008年にはほぼ完成しており、ここまでの段階では東京大学の寄与はないから、この本を、東京大学IR3Sの研究成果ということはできない。  Ver.3.0以後、東大大学院生山本政一郎氏の関係する新聞記事の批判(議論29-5)について、「東京大学の研究成果ですか」との尋問に対して、明日香被告は「多分私の研究成果です」、「だから東京大学には関係ないです」と答えている(明日香調書p29、30)。  そして、この議論29-5以外には、明日香グループと東大の関係はなく、この『地球温暖化懐疑論批判』という本を東京大学の研究成果と主張することは「詐欺」に等しい行為と言えるから、この本の発行と配布は国立大学法人法第22条、29条で定める業務に違反する。明日香被告の私的印刷物ならば見逃されることも、東京大学がすれば重大な名誉毀損となることについて、明日香被告は注意していなかった。 4.本件名誉毀損事件における住被告の役割  上記、コメントVer.3.0(甲7-5)は、小宮山談話(7-7)にある5月発行という条件を満たしている。しかし、東京大学が発行した書籍ではなく、明日香私的印刷物のままである。このいきさつは、日本気象学会評議員会議(2009年3月)の議事録(甲19)における住被告の発言により明らかになる。  この評議員会議では、地球温暖化問題について、気象学会の関与のあり方が議論となった。藤谷理事長代理は「学会として積極的に参画する必要がある」(同p27)と述べた。新野理事長も「今後積極的に提言等を出していく体制を整える」(同p31)と述べた。  しかし、中島委員は「温暖化でも紙上でいろいろな先生が正しいとか、間違っているとか議論をやっている。そこへ気象学会が、温暖化の議論はこちらが正しい、という軍配をあげることをするのはいかがなものか」(同p31)と反対した。これに対し、三上委員は「書店に行くと地球温暖化に疑問を呈したり、でたらめであると主張する本がざっと見て半分ある。・・・この研究者の孤軍奮闘ではどうしようもない」(同p33)と執行部提案を支持した。  この問題について、住被告の次の発言は本件との関連において重要である。すなわち、「温暖化に関する懐疑論に関しても、明日香(壽川)さんたちの非常によくまとめたホームページが存在するので、印刷してもっと配布しようと考えている。しかし、組織としてそういう意志決定、価値観を伴うような決定をするのは問題があるので個人がやるしかない。学会としては議論の場を提供するというようなフレームワークにならざるを得ない」(p34)と述べた。つまり、住被告は東京大学で生じている例をあげて、気象学会での取り上げ方に意見を述べたのであった。  このように住被告のこの発言では印刷し配布するのは東京大学でも、内容と形式は明日香被告のホームページということになり、組織が関与する限界を示したのである。この気象学会評議員会における住被告の発言は、小宮山談話がなされた時期と同じ3月であって、小宮山被告に指示された東京大学発行の本をどのようすべきかと悩んだ住被告の心情を表している。その結果が、5月発行の明日香私的印刷物 Ver.3.0(甲7-5) となったものと思える。  ところが、住被告は、東京大学では気象学会と同じような議論をしていないという(乙18)。その結果、東京大学IR3Sでは5月に発行したコメントVer.3.0に加えて、ほぼ同じ内容のものを東京大学の本(甲7)として、10月に再発行したのである。  このとき、住被告は東京大学IR3SディレクターとしてIR3Sの判断に同意したという(乙13)。住被告の気象学会で述べた心情と住被告の東京大学での行動は明らかに矛盾し、学者としての清実さが問われる。  何故、住被告は東京大学の責任が問われないよう努力しなかったのであろうか。住被告がコメントVer.3.0の発行で東京大学の寄与を止めておけば、本件名誉毀損事件はなかったのである。気象学会での発言のようにしなかったことには理由があった筈で、住被告の本人尋問がなされていればそのいきさつを明らかにすることができたであろう。  本件『地球温暖化懐疑論批判』という本に記載されている9項目の特徴については、住被告の書いたものか、それとも明日香被告の書いたものかには問題が残っている。明日香被告は、その本人尋問において、9項目の特徴について「みんなで書きました」と述べた(明日香調書p16)。ここで「みんな」とは執筆者全体を指しており、住被告の責任ではないと言う。ところが、明日香被告は、本人尋問の最終段階で「みんな」ではなく「中心人物」がいて、それが原案を作ったと証言を翻えした(明日香調書p54)。この場合は、9項目の特徴の原案を住被告が作成したか、明日香被告が作成したかのどちらかということになる。  この9項目の特徴について、平成22年8月に作成した被告準備書面(3)の記述では、その代表例として9項目中8項目は住陳述書(乙9)に記載されており、残り1項目だけが明日香陳述書(乙8)に記載されている。つまり、9項目の内8項目の特徴は住被告が書いたので、その責任をとって8項目の特徴が真実であると住被告が書いたと推察される。特に問題となっているH「三段論法の誤り」については、明日香被告はその陳述書では何も述べていない。つまり明日香被告は、特徴Hについて何の責任も感じておらず、明日香被告はその作成に参加していないことを示している。  そして、9項目の特徴の内項目Gを除くものは住被告の書いたとすると、小宮山談話(甲7-7)にある「東北大の明日香教授と住明正教授が中心となってきちんと反論しています」のとおりに作業が進められたことになる。しかし、明日香証言でいうような9項目の特徴は執筆者みんなで書いたことになると、住被告は問題の本の「創刊にあたって」を書いただけで「きちんと反論」の部分が欠如することになる。  この9項目に対する責任感のあるなしは、住陳述書(乙9)の文章の「勢い」からも分かることである。明日香陳述書(乙8)では、項目G「温暖化対策の取り決め」を除き、その「勢い」がまったく感じられないから、項目G以外は明日香被告が書いたものではない。  本件名誉毀損事件の中心課題である「9項目の特徴」の作成責任者は誰か、という問題は住被告の本人尋問があれば明らかになる筈であった。 5.原告に貼り付けた5項目の特徴の虚偽について  名誉毀損事件では、一般に、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」する被告の行為が問われる。まして「その事実が虚偽」である場合はなおさらである。そこで、被告側はその摘示した事実は少なくとも「真実である」と主張することになる。  本件の場合、原告に対して摘示した事実は住陳述書(乙9)と明日香陳述書(乙8、19)により、次の5項目である。  特徴@「既存の知見や観測データを誤解あるいは曲解している」(住、議論14)  特徴A「すでに十分に考慮されている事項を、考慮していないと批判する」(住、議論      26)  特徴C「定量的評価が進んできている事項に対して、定性的にとどまる言説を持ち出     して否定する」(住、議論17、明日香、議論26)  特徴F「問題となる現象の時間的および空間的なスケールを取り違えている」      (住、議論14、明日香、議論31)  特徴H「三段論法の間違いなどロジックとして誤謬がある」      (住、議論18、明日香、議論18) ここで、議論14、17、18、26、31は、原告の学説を対象にしている。  特徴@について、原告準備書面(3)(p3中段)で述べたように「原因は結果よりも遅れることはない」という時間の流れに沿って理解しており、誤解・曲解は存在しない(槌田調書p1)。  特徴AについてIPCCの説では水蒸気の効果を90%と固定し、CO2の効果だけを論じている。CO2に温暖化効果のあるのは水蒸気濃度が薄く放射冷却のある場合だけで、水蒸気濃度が高ければCO2の効果は隠れてしまう(槌田調書p3)。このことが考慮されていない。  特徴Cについて、住被告はIPCCでの計算を強調するが、これによれば森林は増えることになる。しかし、FAOは森林は減ったとしている。定性的考察で否定されるような定量的考察は無意味である(槌田調書p4)。また、明日香被告は、常にCO2に温暖化効果があるかのように主張するが、上述特徴Aで述べたとおりである。  特徴Fについて、住被告は原告らの研究を数年規模の研究というが、原告らは35年間のデータにより論じている(槌田調書p6)。また、明日香被告は、人間が困る寒冷化は数万年後の話というが、原告は数百年規模で気候変動があると考えている(槌田調書p6)。そして、原告は空間的取り違えなどしていない。    特徴Hについて、住陳述書(乙9、p5)では、大前提、小前提、結論らしきが示されておらず、何が言いたいのか不明である。明日香本人尋問でも、明日香被告が何を言っているのか分からないことになり(明日香調書p40〜47)、「三段論法の誤謬について、住発言を支持するという陳述書を書くのか書かないのかどちらですか」という原告の尋問(明日香調書p47)で、いやがる明日香被告は「三段論法の誤り」について無理に陳述書を書かされることになった。  そのため、自分は関係者ではないということだろうか、提出された明日香陳述書(乙19)の記述はまったくの投げやりで、この項目Hについて住陳述書を引用さえせず、「住陳述書を支持する」という約束を果たさなかった。そして、この明日香陳述書(乙19)により、明日香被告は、「三段論法とは、ふたつの前提だけから結論を得る」ことについて、無知であることを示してしまった。  その結果、特徴Hにある「三段論法の誤謬」について、「何が三段論法の誤謬なのか」について住被告の陳述書(乙9)の意味不明の記述がそのまま残されることになった。つまり、原告の学説に「三段論法の誤謬」が存在することの証明に失敗し、東京大学がこの本において学者失格を意味する「H三段論法の間違いなどロジックとしての誤謬がある」とのウソのレッテルを原告に対して貼り付けたことが明らかになった。これは東京大学による名誉毀損の上塗りである。 6.本件名誉毀損事件における濱田被告の役割  本名誉毀損事件の最重要の責任者は濱田被告である。東京大学学長でもあり、また東京大学IR3S機構長でもある濱田被告が、東京大学による名誉毀損事件にならないように注意すれば本件はなかった。  そこで明日香被告にも尋問したが、明日香被告に対して濱田被告から、この東京大学発行の本『地球温暖化懐疑論批判』(甲7)の編集に関する注意は何もなかったという(明日香調書p35〜36)。  そして、原告の質問(甲8-1)に対する東京大学IR3Sの回答では、「IR3S叢書はIR3Sに所属する研究者の研究成果」(甲8-2)と書いてある。この『地球温暖化懐疑論批判』の原稿となる明日香コメントVer.2.4は、東大との接触以前に書かれたものである。それなのにこの明日香コメントを東大の研究成果であるかのように記述をしている。  その後、濱田被告は、東京大学に対して折衝を求めた原告に何の回答もせず(甲9-1〜 9-5)、名誉毀損事件にしないための努力を一切しなかった。  濱田被告が、@コメントVer.3.0にある9項目の特徴を削除させ、A住被告には、9項目の特徴ではなく、学者らしい「きちんとした反論」を書かせ、B各論文に作成者氏名を書かせ、C学術論文としては不適当な語句を削除させ、D東京大学の発行ではなく、東京大学出版会など民間出版社の使用の指示をしていれば、東京大学による名誉毀損事件はなかったのである。濱田被告が本件の最大の原因者とする理由である。 7.名誉毀損の成立と効果  すでに述べたように、東京大学は、準国家機関であって表現の自由はなく、また国立大学法人法22条、29条によって、学説批判をしたり、また特徴を学者の議論に貼り付けたりする業務を許されていない。したがってそのような業務を為せばそのまま東京大学による名誉毀損となる。  そして、学説批判や特徴が間違っている場合は、その名誉毀損はより深刻になる。学説批判の内容を科学的に論ずることは本件民事裁判の対象外であるから、あえて問題にしなかったが、原告に貼り付けた特徴の間違いについては十分に指摘した。  その中でも、原告の議論に「三段論法の誤謬がある」との指摘について、執筆者の可能性のある住被告(乙9)、明日香被告(乙19)は、両人共に、初等論理学でいう三段論法とは何かも知らないで、原告の議論に三段論法の間違いがあるとの特徴の貼り付けた(明日香調書p42〜47)ことがあきらかになった。  すでに述べたように東京大学は巨大な権威、出版配布能力、そして影響力を持っている。その東京大学が原告ら12名の懐疑論者をやっつけたということで、kikulogというブログ(甲12)はやんやの喝采である。  2009年秋に、原告を囲み地球温暖化を考える座談会が企画された。通説のCO2が原因で温暖化するというのとは逆に、槌田の言う温暖化が原因でCO2が増えたというのを聞いてみようということになった。ところが、東京大学との争いになったということでキャンセルになった(槌田調書p16)。また、東京工大大学院や学芸大学で科目講義の1時間分をもらって「温暖化によるCO2増加」を講義していたがそれもなくなった(同)。現在も続いているのは文系の私立大学での1時間講義だけである。  そもそも原告は被告東京大学から博士号を与えられている。その原告の学説が東京大学により否定されたのである。原告がこれを受け入れず東京大学と争ったことが伝わると、原告の出身した理学部小谷研究室のOBたち(多数の東大教授と国立大学教授を含む)のように、原告周辺の国立大学や公立大学の学者たちは原告から離れていった。小谷研OB会からの連絡は、集まりの案内や会員の消息を含めて一切来なくなった。破門状態である。東京大学の権威を使うという小宮山被告の秘策は成功したのである。  東京大学の出版と配布の能力は言うまでもなく原告をはるかに超えている。東京大学は、『地球温暖化懐疑論批判』という本を出すのに文部省から得た約358万円を使用している(乙12、濱田陳述書)。原告にはそのような資金はない。東京大学はこの本を全国の大学事務室にまとめて郵送し、各事務室は関係教授に配布している。原告にはそのような配布ルートはないから、どうすることもできない。  ところで、このような被害を原告に与えるために、東京大学は以下に述べる10項目もの〈無理〉を重ねねばならなかった(甲20、槌田陳述書(2))。   無理@、原告を含む懐疑論者に対して東京大学が直接人身攻撃する無理 無理A、東京大学が学位授与以外の人物評価する無理   無理B、科学者失格を意味する「三段論法の間違い」を貼り付ける無理   無理C、学説に9項目特徴の貼り付けて、学問の自由を攻撃する無理   無理D、表現の自由がないのに、学者(国民)の表現の自由を攻撃する無理   無理E、学説非難という国立大学法人法で許可されない業務をする無理   無理F、住被告という大学教授の主張を曲げさせた無理   無理G、濱田被告に清実な対応をさせず、名誉毀損事件にしてしまった無理   無理H、東京大学との関係を示すため元大学院学生に経歴詐称させた無理   無理I、民間出版社による本ではなく、東京大学の出版に固執した無理  小宮山被告、明日香被告、住被告、そして特に濱田被告は、これらの行為が無理であることが分からない訳ではない。それにもかかわらず、「温暖化懐疑論に終止符を」という本の東京大学による発行という小宮山談話の実現を目指したところに、本件名誉毀損事件の本質がある。 8.憲法23条(学問の自由)、憲法21条@(表現の自由)の危機  原告陳述書(3)(甲21)でも述べたが、理工系学者の学問の自由は風前の灯火となっている。原告は、勤務先の理化学研究所において、核融合研究を否定する論文を書いたことで、懲戒処分を受けた(同p1)。  勤務先の名城大学経済学部では何事もなかったが、環境経済・政策学会では、後には提出論文はそのまま掲載されるのだが、一旦は採用拒否という事態が続いた。これが明日香被告が『地球温暖化懐疑論批判』で「被害妄想や自信過剰の賜物」などと評した出来事(甲7、p8右)である。理工学部と経済学部共催の原告最終講義では「CO2温暖化批判」をしたところ、その世話をしてくださった理工学部教授は同僚から吊るし上げられたという(甲21、原告陳述書(3)p2)。  気象学会は、原告らが発見した「気温がCO2濃度増の原因」についての論文とその考察という論文を、気象学会は掲載拒否した。CO2温暖化説にとって都合が悪いので「発見した事実」も発表させないのである。東京地裁に提訴したが、第一事件は学会側にも科学的根拠があることを理由に、第二事件は司法対象ではないことを理由に棄却した(甲21、原告陳述書(3)p3)。これらの裁判は不毛であった。  これに対し、物理学会は原告の論文をすべて採用した。しかし、いずれも編集委員会での内紛となり、その採用時期は極端に遅れた。  国立大学(理工系)では、文部省や科学技術庁の方針に逆らう者は万年助手(助教)のまま定年を迎える。原告も理化学研究所での身分は研究員のままであった(甲21、原告陳述書(3)p4)。すべて憲法23条(学問の自由)が保障されていない。  そして、本件では、東京大学は、懐疑論との「議論を打ち止めにする」(甲7-7)ため、東京大学の権威を利用して科学論争に直接介入した。これは東京大学による憲法23条に対する攻撃と同時に、東京大学による憲法21条(表現の自由)に対する攻撃でもある。  以上は、理工系の場合であるが、文系でも政治に関係する研究では、学会は政府の方針にしたがって、学問に介入する。原告は、エントロピー経済学の立場から、貿易による物流を研究した。その結果、自由貿易という物流は失業の基本的原因となることを突き止め、これを商業学会誌に投稿した。ところが、学会はこれを受付ないのである。この論文が間違っているからではない。理由を示さず受付けないのである。この論文を採用すれば、自由貿易という国家の基盤が理論的に崩されるからである。  理工系、法律経済系を問わず、国家の方針に逆らう学者の発表は許されない。その結果、政治による研究費配分になびく学者ばかりとなって、政府の方針の合唱が学界を占めることになる。このように真実が曲げられる社会の行く末は絶望的である。  その例が福島原発事故である。研究費や地位を目指して多数の理工系や法律経済系の学者が原子力推進に群がった。そして反対派は排除されて一握りの少数派となった。その結果、安全対策が軽視されて原発事故となった(甲26)。そして、福島県100万人の県民が大災害を受けた。  それから1年が過ぎ、未だ福島事故を考慮した安全基準ができていないのに、多数の政府寄り経済学者の助言を得て「原発止めては生活成立せず」との野田首相の国会答弁となった(12年5月29日)。原発事故で生活の成立しなくなった福島県民を無視し、原発事故の反省などまったくない首相に私は絶望した。この首相を支えているのが、多数派の学者である。  では、どのようにすればよいのか。本件東京大学による名誉毀損事件について、原告と同様に9項目の特徴で名指しされた武田邦彦中部大学教授と池田清彦早稲田大学教授に、本件についての意見をそれぞれ陳述していただいた。ここで、学問の自由こそが、この絶望を着実に解決する有効な方法であることを示すために、両教授の陳述書の一節を引用せていただく。 武田邦彦陳述書(甲17、p8)   (前略)具体的には、東大に名指しで人物を批判されると、「あの学者は怪しい」、「研究費の配分は見送ろう」、「公的な役割は控えてもらいたい」、「論文をそのまま通しにくい」、「再就職の斡旋はしにくい」などが生じる。このようなことは歴史的にも社会的にも当然のことであり、このような暗いことが行われないように、憲法で「学問の自由はこれを保証する」と定めていると考えていた。  従って、著者は小宮山宏のコメントと本書の配布は、学問の自由の保証という憲法の理念を裏切る、学者にとってあるまじき重大な違法行為であると考えている。 (中略)  このような状況にもかかわらず、学問の本質の一つが「懐疑」である。仮に歴代の東大総長が小宮山宏と同じように、特定の研究の「懐疑論」に「終止符」を打つために次々と「東大の組織活動」を利用して、「出版物を無料で頒布」し、懐疑論者に対する人格攻撃を行うことになると、東大組織の価値観に合わない研究テーマが組織と国費による爆撃を受けて、日本の学者は実質的に学問の自由は奪われるだろう。 池田清彦陳述書(甲18、p5)   (前略)日本政府が温暖化論に見切りをつけることを恐れるかなりの数の御用学者たちは、人為的温暖化論に批判的な研究者に対して感情的な批判と言論封殺をやめようとしません。その好例は前記『地球温暖化懐疑論批判』の出版と、近藤邦明氏と槌田敦氏が日本気象学会に投稿した論文「大気中のCO2濃度増は自然現象であった。U.関連する事実と理論についての考察」に対する掲載拒否でしょう。  開かれた社会にあっては国立大学や学会などの公的機関は、論争中の科学陣営の一方のみに肩入れして、他方の言論を封殺することはもとより許されることではありません。このような異常な事態は速やかに改善されるべきものと考えます。 9.結論  本件は、東京大学により原告の学者としての社会的評価を貶められた事件であり、民法709条(不法行為による損害賠償)、710条(財産以外のみ損害の賠償)、723条(名誉毀損における現状回復)を求める裁判である。  加えて本件は、国家権力に迎合する者たちが憲法23条(学問の自由)に違反し、憲法21条(国民の表現の自由)を侵害した事件であり、彼らとのたたかいにより憲法を自ら守ることを決意した者の記録である。  本件訴状(平成21年(ワ)第47553号および平成23年(ワ)第10874号)において請求した慰謝料150万円(総額)は、『地球温暖化懐疑論批判』の出版・配布に要した金額の半分にもならないが、これにより『東京大学の「地球温暖化懐疑論批判」に回答する(仮題)』という本を発行する。  この本において、気象学会が採用拒否した論文『大気中のCO2濃度増は自然現象であった』(甲16)も発表し、第10回口頭弁論(槌田調書p17)で述べたが、近藤邦明氏と原告が発見した事実「気温と大気中CO2濃度変化率の関係」(甲22、図3)を公開する。この事実は、CO2温暖化説を完全に否定することになる。  この本を全国の大学図書室に寄贈するなどして、学者としての名誉回復を多少なりとも図ることとしたい。 以上